コラム

【体験記50】思い切って退職願を出す 2020.12.28

「もう一度教授に退職の話をしよう」
自殺を考えてから2週間ほど経過した頃。
周りの支えもあり、もう一度自分が決めた道で生きるために
退職の話をすることを決めました。
しかし、
教授と2人で話し合っても結果は同じです。
教授には
「このまま話し合っても平行線をたどるだけ」
と言われていたので。
そこで、退職の話をする直前に精神科に行き、
「復職不能と一筆書いてください」
と主治医に頼んでみましたが、
「診断書は出せるが、それはできない」
と断られてしまいました。
「その代わり、
今後も働き続けたとしても再発を繰り返す可能性は高いという私の見解と、
あなたの研究者(教員)、博士の学位はもう望んでいないという意思は伝えていい」
と言われました。
切り札は絶たれましたが、診断書をもらい大学に行きました。
この日大学では私、教授、事務方の3者での話し合いがありました。

90日の病気休暇が残り1ヶ月で終わるため、休職するか復職するかのどちらかを決めるために話し合いました。
診断書には自宅療養が必要と書いてもらっていたので復職という選択肢はありません。
なので休職する運びになりますが、私は休職せずに辞めることをすでに決めていました。
「どうやって辞める話をしようか?」
悩んで1つの方法を実行することを考えていました。
それは、
3者の話し合いの中で退職願を教授に渡すということ。
休職の手続きを進める前に私は、
「休職せずに大学を辞めさせてください」
と言い、事務の方が見ている前で教授に退職願を差し出しました。
その後は過度の緊張でほとんど何も話せませんでした。
教授も事務の方も驚いていたようですが、とりあえず退職願は受け取ってもらえました。
ただし退職は一旦保留になり、休職するということになりましたが。
(このことについての詳細は体験記51に投稿します)
とりあえず退職願は出せたので、正直スッキリしました。
家に帰って久々にホッとした感覚があったことを覚えています。
「これで新しい一歩を踏み出せる」
そう思い次の日に東京に行きました。
なぜ東京かというと、
メンタルセラピスト養成講座の最終講義とセラピストの認定を受けるためです。
実はこの3日前にサインバルタを断薬し、すべての薬の断薬が完了しました。

「ベストなタイミングで認定が受けられる」
そう思い、期待に胸を膨らませていざ東京へ…(体験記52へ続く


私が所属する国際メンタルセラピスト協会では【自分の「うつ」を治した精神科医の方法】の著者宮島賢也精神科医が考案した『これからの新しい形のカウンセリング』であるメンタルセラピーを面談、Zoom、メールなどの形式を用いて行っております。

また、東京(またはオンライン)で定期的にメンタルセラピスト養成講座の説明会も開催しております。ご参加をお待ちしております。

セラピストになって自分の心も元気に、そして相手の心も元気にするお手伝いを一緒にしてみませんか?

メンタルセラピーのご希望、養成講座のお問い合わせはこちらから↓
https://peraichi.com/landing_pages/view/kokokarahealth